一度は辞めたのにまた剣道部に戻った理由とは

部活動の思い出

私が部活動として一番真剣に練習をしたのは、大学の頃です。

 

取り戻し、追い抜こうと必死でした。

 

小学校で市の大会を制してから、市内にライバルと呼べる存在は居ませんでした。

 

剣道嫌いの当時、中学ではバスケ部か陸上部に入ろうと考えていましたが、
市の絶対王者が剣道部に入らなくてどうする」と先輩に怒られ、
無理やり剣道部に連れて行かれました。

 

当時、県内には二人の怪物が居り、彼らは後の高校時代に玉竜旗という全国大会で優勝し、
一人は最優秀選手に選ばれるのですが、ライバルと言えるのは彼らぐらいでした。

 

県内敵無しの強豪中学に通っていた彼ら。
県の個人戦決勝は必ずこの二人の戦いでした。

 

その強豪が、ある試合前、我が校に練習試合を申し込んできた時には、さすがに驚きましたが、
当時、全くやる気の無かった私は、「わざわざ手の内を見せてやるか」とキャプテンの命令に背き、
練習試合をサボった捻くれ者でした。

 

試合当日、ライバルたちから愚痴られたのを思い出します。

 

試合の結果は、準々決勝(ブロック決勝)で怪物の一人と当たり、三十分以上の延長戦を戦い、
相手は面を、こちらは小手を同時に相打ち、審判の旗が二対一に分かれ負けてしまいました。

 

その後、その相手は準決勝を秒殺で退け、怪物同士の決勝戦。
そのときは私を倒した相手が優勝しました。

 

剣道に全く魅力を感じなかった私は、
高校では中学時代を知る周囲や先生から何度も頂いたお誘いを断り、竹刀を置きました

 

高校時代に全国制覇をしたライバル達とは、大違いの高校生活を送りました。

 

大学に入った頃、昔のチームメイトに誘われ、地元の剣道サークルに参加。
昔、全く相手にしてなかったチームメイトに追い越されてしまっており、
全く歯が立たなくなってました。

 

焦った私は、大学の剣道部(関西最弱と言われていた)に入部し必死に練習。

 

卒業までには当時のチームメイトには追いつけましたが、ライバルたちは遥か彼方の存在になってました。

 

しかし、そのサークルで初めて剣道の楽しさを知り、また一からやり直したいと思える事ができました。

 

今でも誘ってくれた仲間に、心から感謝しています。